初めての海外旅行(中国 自転車 旅行)

《 43.日本へついた。 》

 (099) 1987/11/23(月) 晴れ 〜[船]〜日本(神戸ポートターミナル
                         〜神戸(サウナ一泊))



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 昼に日本についた。船を下りて、税関を出る。
 お腹が減ったので何か食べようと、歩き始めた。
「腹減ったね!」
「何食べる?」
「見てからにしよう。」
 ちょっと町中には行ってきたので、歩道の端に自転車を止めて、3人で食堂を物色するが、結構高いです。そりゃそうだよね!今まで、日本の十分の一ぐらいで食事していたのだから、何を見ても高く感じてしまう。
「俺、ラーメンでいいや!」
 とBUNが言うと2人も、
「食いたくねぇ〜けど、中華にするか!一番安いしな!」
「でも、日本のラーメンだから、全然美味いと思うよ!」
 と言いながら、ラーメン屋さんに入りました。
「しかし、情けないよね!あれほど、もう食べたくないと言っていた、中華を食べる事になるとは!」
「まぁ〜しょうがないさ!!懐が寂しいからガマンするしかないさ!!」
「そうだね!!」
「しかし、ラーメン1杯が5百円以上するのは、ちょっとしたカルチャーショックだよ!!」
「俺もそう思う。日本人なのに何でショックなんだろう。」
「日本語通じるからさ!」
「そんな、あほな!」

 などと話しながら、ラーメンと餃子を平らげた。味は、たいした美味しくもなかったけど、こんなもんだろうと思ったっす。

 もう三の宮駅の近くだったので、取り敢えず泊まる所を探す。
「俺、あまりお金ないから、安いところがいいな!」とBUNが言う。
「サウナが良いいんじゃないの?」と木津さん。
「サウナって泊まったことないけど、どんなんなの?」
「まぁごろ寝かな!」
「そうなんだ!じゃぁそれでいいや!」
「俺、刺青彫ったから、大丈夫かな?」
 と高橋さんが言う。

 そうなんだす。中国で刺青彫ってくれるところが有ったので、ちょっと彫ってくると言って、彫ってきちゃったんです。皆興味津々で、
「見せてよ!」
 なんかいく時とは違って、元気なくこう言う。
「笑うなよ!」
「どれどれ、あっ!・・・・・」
 見た全員が、何も言えません。笑うなよと釘を刺され、笑ったやつは容赦なくぶん殴ると、言われているので笑うことも出来ず、黙ってしまいました。
〈誰か何か言わないかなぁ〜!〉と思ったのですが、なかなか声を出さないので、BUNが声を出してまいました。
「これって、黄色いザリガニ?尻尾はカミキリムシみたいだけど?・・・」
「サソリだよ!!」と高橋さん。
「嘘だ!こんな角の丸いサソリなんか居ないジャン!」とほかの人が言った。
「うるへ!!」と言いながら、BUNの頭を“パン”と叩く。
「なんで俺なんだよ!!」
 皆、爆笑です。ハハハ!!いきなり和んでしまったので、
「これちょっと、迫力なさ過ぎだよね?」
「失敗したさぁー!!」
 と言う感じだったのです。本当、刺青は別な意味で怖いっす。

 サウナが見つかったので、そこで話をすると、やっぱり高橋さんは駄目だと言われた。高橋さんも、別にやくざじゃないからと言いながら、こんな漫画みたいな奴なんだけどと、フロントの人に見せるも、漫画でも何でも刺青を見ただけで、怖がるお客さんがいるから駄目と言われ、高橋さんだけ別なところで泊まることになった。
 荷物を置かせてもらうことになったので、自転車以外の荷物を宅急便で送ることにする。
 2人も手伝ってくれて、段ボール箱を調達して貰ったり、ガムテープを借りてくれたりと、助かりました。荷物と言っても、全部送ると偉くお金がかかるので、自転車の前輪と、後輪の横に着いているサイドバックとその中身です。
 段ボール箱にサイドバックを四つ突っ込んで、自転車はバラして輪行袋に詰めて、サウナまで持っていってこれもお願いしますと言うと、入り口の端っこの方においていいよとの事なので、置かせてもらいました。

 そうそう、このときに気づいたのですが、テントがないです。大枚はたいて買ったテントが有りません。それも1回も使っていませんです。あぁ〜悲しい。
(T^T)クゥー!何故に、税関で調べたときに、気づかなかったのでしょうか?思いっ切り悔やんでしまったです。たぶん中国人に取られてしまったのでしょうな!!だってちゃんとバックの中に入れていたのだから、落ちるはずもないし、勝手にテントだけ歩って行っちゃうわけないもんね。
 無くなってしまった物はしょうがないので、あきらめました。(/_;)シクシク

 こんな事をやって時間をつぶしてしまったけど、3人で町をぶらぶらしたり、喫茶店でだべったりして、時間をつぶして遊んでしまったっす。
 夕方食事をした後に、高橋さんと明日、三ノ宮駅で朝10時に待ち合わせをすることにして別れ、サウナで寝ましたです。始めてだったので、なんかちゃんと寝れなかった。

 何故、重い自転車を送らなかったかって!!
 それはね!自転車は、宅急便だと壊れてしまう可能性があるからだよ!!

 駅で待っていても、高橋さんは来なかったです。
 いくら待っても来ないので、木津さんが、
「もう一時間も待っても来ないんだから、来ないでしょう。」
 と断言した。
「そうですね。」
 とBUNもあきらめて、東京に変えることにした。
 木津さんとは、新神戸駅まで一緒に行って、そこで別れました。高橋さんは、北海道の人なので、一緒に途中まで帰ろうと話していたのですが、まぁ〜しょうがないですな!


 東京駅に、MASAさんが迎えに来てくれた。荷物が多いので迎えに来てもらったのです。
「只今!」
「お帰り!」
「さて、行くか!」
 と駐車場まで、自転車とバックを担いでいくのが大変です。
 なんとか、駐車場に着いて自転車を車に積んで帰りました。もちろんMASAさんの家にです。
「だって、アパートを引き払って出てきちゃったので、帰るところがないんだもん。(/_;)シクシク。」

 この日の晩は、MASAさんの本宅で泊めてもらい、次の日に直ぐ、アパートを借りて和さんに連絡をし、荷物を運びを手伝ってもらうのを頼みました。それと、MASAさんと協同経営者の森本さんにトラックを出してくれるように頼んでくれたです。(旅行前も手伝ってもらった。)

 荷物を預けて置いた場所に行くと、倉庫番の人に、
「あんまり取りに来ないから、捨ててしまおうと思っていたよ!」
 と言われ恐縮しました。
 工事で使う材料とかを置く場所だったので、ど真ん中においてある家財道具なんか邪魔でしょうがなかったのでしょう。
「有難うございました」と、丁寧にお礼を言って、荷物を車に詰め込み新居に行き、荷物を運び込んだ。

 もう夕方になってしまったので、和さんが泊まるとになる。
「泊まっていく?寝袋なら有るよ!」
「じゃぁ、泊まっていくか!」
 薄暗いけど、物が見える夕暮れだったので、気づかなかったけど、MASAさんが懐中電灯を持ってきた。
「電気頼んでないだろ!」
「あっ!そうだ!」
「御前ら真っ暗の部屋じゃしょうがないだろ!」
 とわざわざ戻ってきてくれたのです。

 その蛍光灯付の懐中電灯の明かりのもとで、2人で旅の話をしながら寝ました。帰ってきたばかりなのに、又、旅行に行きたくなったっす。

 片づけもそうそうに、松久保さんのところに電話をしたら、家にこいということになり、お土産を持っていくき、結局、そのまま1ヶ月以上居候してしまいました。(*^.^*)ノ・・・デヘッ!!

 その後、どうなったかというと、松久保さんの紹介で、橋梁設計の会社に就職しました。
 と、こんな感じでこの旅は終了でぇ〜〜〜す。('-')エヘ




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