初めての海外旅行(中国 自転車 旅行)

《 19.喀什到着と弘やんと再開 》

 (046) 1987/10/01(木) 晴れ      〜[汽車]〜喀什着
 (047) 1987/10/02(金) 曇りのち晴れ  喀什(カシュガル)
 (048) 1987/10/03(土) 晴れ 喀什   喀什(カシュガル)



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 15時頃やっと喀什に着いたです。
 新賓館まで、荷物運びのおじいさんに、1人1元(人民)合計3元で運んでもらい、新賓館について5元札を渡すと、おつりを1元しかよこさないではないですか!!文句を言うと、5角戻してくれた。
 工藤さんが「良いよ、いいよ!」と言うので、家良も「まっ良いかぁ〜!」とあきらめて宿にはいり、チェックインしました。

 部屋で荷物を整理していると、弘やんがやってきた。
「おっ来た!来ないんじゃないかと思っていたよ!」
「なんで?」
「だって、止めたと言ったとき、なんかわざとらしかったから・・・」
「そうかな?本当に具合い悪かったんだけどもな。」
「BUNちゃんあの女の子と、やっているぞとみんなで話していたんだ。」
「えぇー!!何にもしてないよ!!本当に具合が悪かったんだよ!」
「嘘でしょ!」
「本当だよ!」

 誤解が解けたかどうだか解らないが、みんなで食事することにしました。
「あっそうそう!バスのチケットキャンセルできたから!」
 おもむろに財布から、お金を出してBUNにくれました。
「(・・?) エッ!キャンセルできたの?凄いな!有難う。」
「手数料で9元(人民)取られたけど、それでもないよりましでしょ!」
「うん!本当有難う。」

 夕飯を1人14元(人民)もだして、豪華にとりました。結構美味かったっす。


 疲れのせいか睡眠をちゃんと取れずに、朝になってしまったので、身体がつらいです。バザールを見に行って何も買わずに帰ってきたです。

 バザールと言えば、服を蘭州あたりで買ったのですが、縫製がちゃんとしていないので、そこら中からほころんで来ます。そのたんびに針と糸を出して、縫っていました。
 ズボンなんかは、買って直ぐに履いて、火車(列車)の中でトイレに行ったときに、紐ベルトを緩めた途端に、一番上のボタンから、社会の窓を締めるためのボタンまで全部が、吹っ飛び便器の中に落ちていきました。
 中国人も、買った服をもう一度縫い直すと、だまし方(地球の歩き方と言うガイドブック)に書いて有ったと思う。

 昼過ぎに、老賓館に遊びに行ったのですが、烏魯木斉で同じ部屋の女の子が来てました。なんかちょこっと話したけど、記録が丸でありませんです。


 今日はメチャ快晴です。しかし、熱いのが嫌なので、部屋でくすぶっていました。まだ喀什にいるのに、「これから何処行こうか?格尓木から、青海湖を見て拉薩(ラサ)に行き、ネパールに抜け、バンコク、香港、そして又中国に入って上海から、自転車を持ってきて、オーストラリアに行こう。」などと話し、胸がわくわくしました。
 夕飯を食べ、町まで歩き(30分)帰ってきたのが、21時半頃だった。


 ここカシュガルは、“喀什”と書きますが、地元の人には“カシー”と言わないと通じないです。
 宿は、外人が泊まれる宿が2つ有り、自分らが泊まっている新賓館と遊びに行った老賓館です。
 距離は汽車站(バス駅)から、二つとも同じぐらいの距離で、だいたい歩って30分ぐらいの距離だったです。腰痛と下痢ピーの身体には、ちょっとこたえる距離でした。

 ちなみに、時間なんですけど、北京との時差がだいたい3時間ぐらいあり、北京時間と現地時間の両方があります。長距離バスとかの運行時間は北京時間で動いていますので、例えば集合時間が朝7時だとすると、現地時間では4時ですのでまだ真っ暗です。
 当然、夜9時ごろにならないと暗くなりませんです。確か夕斤(食堂)も北京時間で、営業していたような記憶があるのですが・・・?




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