初めての海外旅行(中国 自転車 旅行)

《 13.烏魯木斉(ウルムチ)へ行くはずが 》

 (032) 1987/09/17(木) 晴れ 蘭州〜[火車]〜
 (033) 1987/09/18(金) 晴れ   〜[火車]〜
 (034) 1987/09/19(土) 晴れ   〜[火車]〜吐魯蕃(トルファン)着



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 完璧には程遠いけど、だいぶ調子がよくなったので、昨日出来なかった服を買に出る。と言うより、今日の出発なので、何かと買いそろえておかないと、火車の中で悲惨な目に遭うことになるダニよ!!
 宮本君に頼まれた、西寧行きの切符を買ってから、露店が出ている通りに行くが、カッターシャツがないっす。林檎売りが居たので、リンゴを買ったら、量が多すぎて持てなくなり、一旦宿に帰ることにした。猿ですな!('-')エヘ
 宮本君と昼食をすませてから、もう一度、買物に出てやっとカッターシャツを買えたっス。あ〜しんど。
 夕方、弘やんと一緒に夕飯を食べ、20時ごろ宮本君に別れの挨拶をして、宿を後にし、243次 22:09発の火車で烏魯木斉に向かうのであった。

 弘やんが、今日旅立つのだから、今日の宿の分をキャンセルしたらと言うので、そうすることにした。宮本君が心良く荷物を預かってくれたおかげでもある。もちろん、キャンセルは弘やんにたのでやってもらいましたです。
(*^.^*)エヘッ!


 昨日、深夜1時頃まで、回りの中国人と話の通じない話をして、やっと睡眠に入る。目が覚めると、前に座っていた人たちと、違う家族が座っていた。

 やっぱりBUNも、弘やんと一緒に吐魯蕃に先に行くことに決める。弘やんとは、切符を買った日が別の日だったので、もちろん席もかけ離れている。車両が違うということです。
 駅に来る前に、烏魯木斉まで吐魯蕃から日本製の大型バスが出ているから、その方が楽だよと聞かされていたので、よくよく考えて1人より2人の方が楽しいので、そうすることにしたのです。

 BUNの前に座った家族の人は、お父さんとお母さんと子供の3人だったのですが、その子供がかわいくて、見ていて飽きませんでした。可愛いと言っても仕草のことで、容姿はまぁまぁです。(?.?)容姿も可愛かったかな?
 ただ、窓から体を乗り出すので、見ていてはらはらしたけどね。
 お父さんも優しい人でした。
 ちょっと居眠りをしたみたいで、ふと目が覚めるともう13時ぐらいでした。お腹がすいたので、弁当と紙に書いて聞くと、その弁当が通じません。絵を書くとやっと解ったらしく、もう行ったと身振りで答えてくれました。
「あいやー!」と言うと、お父さんがパンを出してくれて、食べていいよと言ってくれます。ありがたくちょうだいし、食べてみるとなかなか美味しいパンで中国製ではないような気がしました。

 電車の中では、皆良くしてくれます。これは、日本ではあまりない光景でしょうな!!

 開水(カイシュイ(お湯))についてですが、中国では、どんな安い宿でも必ず飲める開水(カイシュイ)がポットに入っておいて有ります。
 火車(列車)の中も同様で、湯沸器がありそこで開水を貰えます。昼時には、だいたい服務員がでっかいやかんをもって、開水の配給に来るのです。これは、真水を飲めない場所では、うれいしいサービスですね!!サービスじゃないや、習慣だ。

[列車の中から]

[竜巻ダ〜!]



 一夜明けて、弘やんがBUNの場所に来た。
「こっち凄い込んでいるんだ!俺がいるところはがらがらだよ!!移って来なよ!」
 前の席に座っている家族がいい人達だったので、この席を離れるのもなんか寂しい気がしたが、話が出来る方がいいので、移ることにした。
「じゃぁー、移るか。」
 荷物を持って弘やんの所まで行くと、本当にがらがらで余裕で座れる。何でこんなに違うのだろうと、不思議に思うBUNでした。

 開水(カイシュイ(お湯))を汲みに行ったときに、哈密(ハミ)から乗ってきたヘンドリーに会う。蘭州(ランチョウ)飯店で烏魯木斉(ウルムチ)に行くと言っていたスイス人だ。日本人の母と、スイス人の父とのハーフだそうだ。

 これからは、彼のあだ名(ハングリー)で書きます。何故このあだ名かと言いますと、彼も又づーと、お腹をこわしていて、ピーであり、ついでに、食欲がないのでいつでもお腹がすいた状態だからです。
 BUNもピーが続いていたのですが、食欲だけはあり、ハングリーが残した弁当まで食べている始末でした。「良く食えるな!」とハングリー初め他の日本人からも言われました。しまいには、「虫居るんじゃないの?」とまで言われてます。
 英語の出来ないBUNとハングリーとの挨拶が、身振り手振りで、「ピー直ったか?」と言う挨拶になってました。今考えると、なんちゅう挨拶じゃいと笑ってしまいますダニ('-')エヘ

 ハングリーは、少し、日本語を話す。BUNは少しも英語を話せないので、まるでお話にならない。一旦弘やんの所まで戻って、ハングリーのことを話すと、彼が行ってハングリーを呼んで来た。
 弘やんは、そこそこ英語を話すので、二人がしゃべっているのを聴いて、うらやましく思いました。(/_;)シクシク

 ハングリーが、弘やんに英語で何か聞いていた。
「トエンティー!」
 弘やんが、数字を言ったので、たぶん旅に来てどのぐらいか聞いているのだと勝手に解釈した。
 ハングリーが、BUNの方を指さしたので、速攻でこう応えた。
「ワンマンス!」
 二人がケラケラ笑いながら、
「歳を聞いているのに、1ヶ月だって!!ハハハ!赤ちゃんじゃん!」
「(・・?) エッ!そうだったの!ハハハ、俺、旅行し初めから何日かと思ったから、24歳だと言って!」
 ハングーリーに教えるときも、2人とも笑ってました。



[トルファンに着いた]

 吐魯蕃(トルファン)に着いたのだが、町までのバスがないので、ウロウロしたが、乗り合いバスが有ったので、それで吐魯蕃賓館に行くことが出来ました。 バスが見つからないときは、疲れた身体で宿まで歩くのかと、一瞬焦りましたです。

 吐魯蕃賓館宿には、日本人がうじゃうじゃいました。その他の国から来た人達もたくさんいたけど、半分位は日本人だったような気がしてます。ちょっと大げさかな?1/3位かもしれないっす。

 ここの宿は、朝夕の食事付で、それが食べ放題なのが嬉しかったです。日本人もたくさんいたので、みんなでテーブルを囲んで、食べるのが結構楽しく、ちょっとはしゃぎすぎてひんしゅく買いました。

「それ、少しの残しておいて!!」
 もちろんふざけて言ったつもりなのですが、他の人から注意されました。
「もう一度頼めばいいだろ!!」
 と強く言われ、ムッとして黙ってしまったですダニよ!直ぐに、
「m(._.)m ゴメンゴメン!ふざけて言っただけだよ!」
 と言えばよかったのだが、おちゃらけて言っていることぐらい解るだろ!と思うBUNでもありました。でも、そのおちゃらけていることに、腹が立っていたのかもしれないな。




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