初めての海外旅行(中国 自転車 旅行)

《 10. 西安でMASAさんと会う。 》

(020) 1987/09/05(土) 晴れ 北京〜[火車]〜西安
(021) 1987/09/06(日) 晴れ   〜[火車]〜西安 着

読み(意味)
 北京=ペキン  西安=シーアン



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 西安に移動です。北京火車站(駅)に行く途中、これから寒くなるということで、ダウンジャケットを買いに友諠商店によってダウンジャケットを購入しました。しかし、このダウンジャケット捨ててしまったのかなぁ〜?家にないのですが・・・?
 例え友諠商店の商品でも、中国国内で作った物は、あまりよくありません。とくに、チャックそのものが駄目になるし、ボタンの取付がよくないです。あっ!そうだ、チャックがはまらなくなって、捨ててしまったんだ。('-')エヘ!

 火車站で荷物を預けようと、ロッカーを貸してくれと言っても、なかなか貸してくれません。中谷君も今日旅立つので、一緒に駅まで来て荷物を預けてから、買い物に行くつもりで来たので、荷物を預けられないとヤバイっす。
 時間がなくなると困るので、BUNがここで荷物番をして待つことにしました。

 13時ごろ中谷君がやっと帰ってきた。13時30分の火車(列車)に乗るので、改札口で別れBUNは、西安行きに乗り込みました。

 火車の中で日本語を勉強している中国人がいたので、凄く助かったのですが、強いお酒を進められて、閉口したっす。
 このお酒なのですが、白酒(パイジュウ)といい、匂いもキツく度数も高いので、そのまま飲むにはかなり根性がいります。度数を見せてもらったら、70゜と書いてあります。酒好きのBUNも遠慮したかったです。
 今は解りませんが、この当時はまだ喫煙が盛んで、あいさつ代わりにタバコを勧める習慣があるので、肺が痛くなるほど吸えます。こっちもタバコをあげなければならないのでしょうが、そのような習慣がないので、ついつい貰ってばっかりになります。

 お酒を飲んだにもかかわらず、まるで寝ることが出来ません。非常に辛いっス。
 硬座という席のせいもありますし、ふだん椅子に座ったまま寝ることなんて滅多にないこともありますよ!




 11時に西安に着き、歩って宿(勝利飯店)に向かう。この勝利飯店なのだが、日記には、‘勝’の字が‘月’へんに‘生’と書いてあるのですが、日本の漢字にはないので、ネットで調べたら、勝利飯店と言うのがでていたので、これにしました。違うようながするけど?('-')エヘ、読み方も解らないので、これで許してくださいませ。
 宿に着き、フロントで多人房(ドウレンファン)に泊まりたいというのが通じづ、服務員のおねぇちゃんを怒らせてしまった。w(☆o◎)wガーン!!中国人は怒りっぽいと言うか、必要最小限のことさえやっていれば、それで良いような国なので、あいそとかサービスとかがないため、ついつい言葉が出来ないやつが来ると、頭に来てしまうのでしょう。
 競走がない国では、この様な状態になって当たり前なのだろうか?中国人全員が、こんな人達ばかりではないことは、これから後の旅でわかりましたけどね。

 なんとか泊まることが出来たので、部屋に荷物を置いてMASAさんに会いに行く。
 一旦、西安火車站まで戻り、14路の汽車(バス)に乗換えて、吉祥村の唐城賓館まで行く。なんせ降りる場所が解らないので、車掌にノートに書いた‘吉祥村、到了教我(もちろん中谷君に、教えてもらった。)’を見せておいたが、不安で不安でしょうがなかったです。でも、ちゃんと教えてくれました。と、言うより、そこが終点だったみたいで、脱力感倍増です。

 MASAさんの宿では、ツアーを扱っているだけのことはあり、日本語の出来る服務員がいて、メチャ助かりました。
 ノートに、MASAさんのツアーの名前と、MASAさんを呼んでくれというのを書いてきたのであるが、どうもいないとのことで困っていると、日本語を出来る人を呼びに行ってくれたのです。
 その人から、話を聞くとまだ観光に行って帰って来ていないというので、しばらくそこで待つことにしました。

 ソファーに座って待っていると、MASAさん達が帰ってきたので、MASAさんの後から声をかける。
「MASAさん!!」
 振り向いて。
「オッオー!!BUN生きてたか?」
「うん!、なんとか。」
「いつ来たの?」
「30分ぐらい前に着いた。」
「良く来たな!西安にはいつ着いたの?」
「昨日、北京から列車に乗って、今日の昼について、宿を取ってからそれからここまで来た。」
「しかし、こんなところで会えるとは思わなかったよ!!」
「エッ!!そうかな?会えない事はないでしょ!!」
「だって右も左も解らんところで、よく来たよなぁ〜!!」
「HOTELの名前と住所が解れば、その場所まではなんとか着くでしょ!英語だったら駄目かもしれないけど、('-')フフ。」
「アハハハ、そうだなSIONOGIを英語で読めないと言っていたぐらいだから、英語じゃ着かないわな!」
「うん、漢字でよかったっすよ!読めなくてもあまり抵抗がないから、・・・それより、ちょっと散歩でもしません。」

 2人でホテルを出て、何もない道を歩きながら話して、街角にジュース売りがあったので、それを飲んだ。
「ウ〜マズイ!」
 とMASAさん!
「うん!これってさ戦時中とかにあった奴と同じなんじゃないの?」
「そうそう、それ!!」
「まずいけど、冷たい物飲めるのはこれ位だから、しょうがないよね!なれればそうまずく感じなくなるものだし。」
「冷たいって、冷たくないジャンカヨ!!」
「見た目だけね、氷の上において有るから、冷たく思えるでしょ!」



 この後、MASAさんのホテルで、食事をすることになったけど、聞いてみると確か35元(兌換券)位するとのことだったが、MASAさんが出してくれたと思う。
 同じツアーの女性2人も一緒のテーブルになった。顔とか年とかまるで覚えてません。まだ、若い感じだったと思うのですが、MASAさんが、話が合わないから一緒に廻ってもオモシロくないと言っていたっけなぁ〜!!

「うーん美味しいなぁ〜!」
 人目もはばからず、バクバク食べてしまいました。
「BUNよ!」
「ハイ!」
「沢山食べてけ!どうせたいしたもの食べていないんだろうから。」
「うん、言われなくてもそうしてる。」

 食事も終わって、MASAさんの部屋に行き、頼んでおいた物を貰うことにする。

[ウッ!痩せてる]

[ゴメン見えちゃってます。]

 バックの中から、バックを出してハイっと、BUNに空っぽになったバックを渡してくれた。
 それを見たBUNはちょっと驚いて、細い目を丸くした。
「これだったら、背中にもしょえるし手荷物でもいけるので、これでいいだろ!!」
「これだったの?全然わかんなかった。」
「私くしのバックはこっちが本当だよ!」
 さすがMASAさん、何かブランド物の高そうなバックを持ってました。
「リックを持ってくるなんて、どうやってもってこうか悩んだんだぞ!」
「すんません!です。」
「薬の抗生物質は、医者の処方箋がないと貰えないらしいので、もって来れなかったけど、風邪薬は適当に買ってきたよ!!」
「有り難うございます。こっちのくすり効かなくて!」
「なんでだろうな?」
「基本的に、中国人は、薬慣れしていないからだと思うよ!」
「そうかもな!」

 MASAさんと別れ、宿に帰って自分の部屋番号を見せたら、部屋を変えられてしまった。何が何だかよく解らなかったけど、部屋を開けるときには、許可証みたいな物を貰ってからでないといけないようだ。




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