初めての海外旅行(中国 自転車 旅行)

《 5.チェンマネ 》

 (007) 1987/08/23(日) 晴のち雷雨 南京(ナンキン)



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 一夜明けて、多人房(ドミトリー)に移動した後に、昼食を採った。
 多人房は読み方は、ドウレンファンと言い、意味は見てそのままで、大部屋で複数の人が宿泊してます。プライバシーがなくなるけど、値段は大体6掛けぐらいになるというものです。1人で廻っているときなんかは、この方が楽しいと言えば楽しいし、情報も入るのでBUNは結構好きです。
 午後2時に、CITS(中国国際旅行社)に行ったのですが、閉まっていてやってません。金陸飯店に行けば、CITSが有るのでそっちに行ってみようと、わざわざバスで行ったのですが、対応のひどいことと言ったら有りません。
「火車(列車)の予約をしたいのですが。」
「ここで泊まってますか?」
「いえ、違います。」
「それなら、自分の泊まっているホテルで、予約しなさい。」
 これってさぁー!!たんなる嫌がらせなの?それとも、この国だからこの様な態度な理由(?.?)


[南京の路地?]

 予約はあきらめて、こんどはチェンジマネーに挑戦です。

 チェンジマネー(?.?)と思う方もいらっしゃいますと思うので説明します。
 当時中国では、中国人が使う人民幣(レンミンピー)が、中国の通貨なのですが、外国人居住者や旅行者が外貨と両替する兌換券(ワイピー)と言う物も有りました。友誼商店や外国人専用の場所ではこの兌換券での支払いが義務づけられていました。その兌換券も1994年の元旦には、廃止されたようです。
 チェンマネをすると、大体、人民元:兌換券 = 1.6: 1 の割合で換金できます。こうすれば、外国人も助かるし、ブラックマーケットの人達も助かると言う図式になってます。まぁ〜なんですなぁ〜、一つの国で、貨幣価値の違うお金が出回っているとこのようになるのは当たり前です。友誼商店は一般の百貨店よりも物がいいので、中国人でもそれらを買いたいでしょう。しかし、買うためには、兌換券が必要ということです。

 しかし、公安が目を光らせているらしく、チェンマネのおっさんと接触していると、すかさず公安が寄ってくるので、チェンマネおっさんは簡単な支持を出して、すぐ離れてしまいます。
 支持通りにその場所に行くと、チェンマネの人が来て換金できます。BUNも2人に便乗させてもらい、換金しました。結構だまされたとか言うのを聞くので、ちゃんとお金お数えるのですが、焦っているせいと緊張で手が震えます。
 お金を数え終わる頃に、いきなりの大粒の雨と雷と強風です。歩道の木の下で雨をよけているときでした。
‘ドドーン!!バサッ!!’
 強い光の後に凄い音と共に、目の前の木(30m位離れていたかな)の枝に落ちました。枝が、落ちてきたのですが、一瞬何が起きたか解らなかったけど、またピカッと光ったので、あぁ〜雷が落ちたんだと、気づきました。
「凄い雷雨だな、今の見た?」
「うん!コワー!!」
「とっとと、と帰ろうよ!」



[くっ暗い?]

 バスの中で、潤と学がカワイイ中国人の女性と話をしていたのですが、BUNは、まるで英語が出来ないので、何を話しているか分からなかったです。後で聞いたことには、年は二十歳でまだ学生とのことです。
 その子に宿まで送ってもらい、ラッキーでした。なんせ道がよく解らないので、この様に可愛い子に親切にしてもらえると、何か幸せになります。〈あ〜ほんわか〉て感じ。

 宿でばかり食事をしているのもなんなので、外で食べることにしましたが、いい食堂に当たらず、ちょっとひどかったです。中国では、ご飯に石が混ざっているのは当たり前で、味も日本人に合うようなところは、10軒に1軒ぐらいです。まぁ〜旅も、まだまだ始まりの方だったので、どの様にすれば美味しくいただけるとかが、まだまだ解らなかったのも有りますが、大体こんなもんです。




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